【前書き】
日常の一面を描いてみました
三国全員が集まってからの、ほのぼの話になります
『手紙に込める想い』
星「主、何をしておられるのだ?」
筆を持って書面に向かう俺の首に不意に手を回され、背中に柔らかなものが押し当てられる。
今日のご来店は、星が一番乗りか。
一刀「…なんでもないよ」
星「おや、もう驚かれないのですな」
一刀「おかげさまでね」
ノックはないし、音は立てないし、気配も消せるし…俺に出来るのは、いつ誰が来ても驚かないぐらいだ。
しかし…俺が聞き耳を立てたり、着替えを覗いたりすると、すぐにバレるのは…不公平だよな。
みんな、武術の達人っていうのも考え物だよな。
無防備なのなんて、月とか詠とか恋ぐらいで…。
星「?」
俺が余計なことをしていると、星が乗り出して机の上を覗き込む。
星「筆に硯(すずり)に白紙の紙とは…もしや、恋文か?」
一刀「んー、内緒」
星「それほど秘匿すべき内容なのですか?」
一刀「んー、それも内緒」
星「むぅ」
星「では…秘蔵のメンマで愉しむ、メンマ料理とでは?」
一刀「そんな、涙目になって言わなくても」
星「なってなどおりませぬっ」
頬を膨らませて、小さな子供が怒ったような顔。
いっつも自信満々で綺麗な星だけど、ペースを崩すと違う意味で可愛い。
一刀「ふうっ、ちょっと休憩」
机の下にいつも置いてある箱の中に、書きかけのものを丁寧にしまう。
不満そうな星の顔からして、箱の中身は見れなかったみたいだな。
一刀「んーーーっ」
大きく伸びをすると、長いこと集中していたせいか身体がギシギシと悲鳴をあげる。
星「筆を取るだけで身体を軋ませるとは、情けないですぞ」
一刀「そんなこと言っても、消しゴムも修正液もないから疲れるんだよね」
星「けし…ごむ?」
一刀「天界にあった、文字を書き損じたときに消せる奴だよ」
星「それは、集中力が育まれませんな。風情も何もあったものではない」
一刀「前にも手紙の話で、ムキになってたね…星は手紙が好きなの?」
星「ええ。手紙の封を開き、文面に目を走らせるときの高揚感は、たまりません」
あのときは、たしか書く方の心構えだったけど、あのときよりずっと嬉しそうな顔をしてる。
星は、きっと返事が欲しくて手紙を書くタイプなんだろうな。
一刀「そっか。やっぱり、もらったら嬉しいよな」
星「主が書いてくださるのか?」
尻尾をパタパタさせるようにして、星が瞳を輝かせる。
思わぬ方向に話が進んだけど、こんなに可愛い期待の眼差しを受けたら、書かざるを得ないよなあ。
一刀「そのうちで良ければ…ね」
自分から下手に期限を出したら、厳守しないと後が恐すぎる。
訓練のときだけは、星は容赦がないから。
星「しかし…主は、天の世界では違った文字を書かれておられたのでしょう?」
星「政務の味気ない言葉の羅列で、手紙を書くのは難題なのでは?」
一刀「んー、文才がないのは認めるけど、なんとかなるんじゃないかな?」
一刀「たまに朱里の秘蔵書庫から借りて、色んなものを読んだりしてるし…ね」
書庫の最奥部にある、窓のない一角。
そこが、朱里が頬を赤らめながら読んでそうな…人になるべく見られたくない本の保管場所。
軍の支給で買っているから、共用にしないと…っていう律儀さが朱里らしい。
前に偶然、紛れ込んだ朱里の日記を見かけたときは、真っ赤な顔で走ってきて慌てて取られたっけ。
星「ほう、主も勉強熱心ですな」
一刀「政務の書類には、愛を囁く言葉はないからね」
一刀「ま、上手くはないと思うけど、頑張って書くからさ」
一刀「後は、星が返事で俺に手本を示してよ」
星「心得ました」
俺の答えにご満悦なのか、とても優しく星が微笑んでくれる。
ずいぶんと責任重大になったな。
星「そうそう、手紙といえば、主の耳に入れておきたいことが…」
一刀「なに?」
星「翠と鈴々は、手紙なんて必要ないと言うておりましたよ」
一刀「そうな…」
バターーーンッ!!
俺の返事を消すように、思いっきり扉が叩きつけられる。
悲惨な扉の外には、息を切らせて顔を真っ赤にした翠が立っていた。
翠「か、勝手なこと言うなよなっ! 誰がそんなこと…」
星「私が直々に手解きしてやろうと言ったら、生涯、字の読み書きなどしないと豪語したではないか」
翠「そ、そんなん、まだ覚えてたのかよ」
星「人の心を踏みにじった言葉は、正確に覚えている」
星「屈辱を噛み締めて大成を成したものも多いと聞くのでな」
翠「イヤなことを自分から貯めておくなんて…変態だな」
星「信条を馬鹿にされて黙っているほど、わたしは安くないぞ」
翠「やろうってのか? そのほうが手っ取り早い」
一刀「はい、そこまで」
二人が睨みあいになるところで、俺が間に入ると空気が和らぐ。
仲が悪いわけじゃないんだけど、みんな、負けずぎらいなのと、自分の領域が絶対なんだよな。
一刀「翠が来てくれたってことは、もう時間?」
翠「ああ、みんなもう座って待ってるぜ」
一刀「分かった。じゃあ、軍議に行こうか、二人とも」
返事をしてくれない二人に苦笑いしながら、俺はいつもの部屋へと向かった。
一刀「お待たせ」
愛紗、鈴々、紫苑、華琳たちと蓮華たち…勢ぞろいしている中で、いつもの椅子に座る。
今日のお題目は、魏と呉の領土を収められる人間の配置についてだから、できるだけ多くの人員に参加してもらっている。
愛紗「なにやら、星と翠の表情が硬いようですが?」
一刀「ん、なんでもないよ。ね、二人とも?」
翠「………」
ぶっすーとむくれ顔のままで、翠は返事をしてくれない。
星「そう、たいしたことではない」
星「私が主から恋文をもらう約束をしていたのを、翠が羨ましがっているだけだ」
星のなんでか知らないけど自慢げな態度に、部屋の中が騒然とする。
愛紗「そ、そ、そんな約束をされたのですか!? ご主人様!?」
一刀「うん、まー、その、成り行きで」
近づいた愛紗の顔がふるふると震えている。
怒りたいのか、泣きたいのか、悔しがりたいのか…相変わらず、可愛い反応だ。
そんな愛紗を押しのけるように、小蓮が俺の腕にぶら下がる。
小蓮「ねえねえ、一刀は恋文もらったら嬉しい?」
一刀「…たぶん、そうじゃないかな」
小蓮「? かなって?」
一刀「恋文なんて、もらったことないよ」
一刀「天の世界でもそうだけど、こっちに来てからももらったことないし」
一刀「だから、もらってる奴が…ちょっと羨ましがった…かな」
不用意な言葉に、周りの皆がギュピーンと音を立てて目を光らせる。
朱里「ご主人様のご所望とあれば、満足されるまで私が書き続けますっ!!」
朱里「何枚でも、何十枚でも、何百枚でもっ!!」
ここぞとばかりに得意分野で前にでた朱里に押されて後ろに下がると、その後ろでは歌うような声が。
一刀「…?」
蓮華「…いえ、違うわね。……ここは…」
蓮華が何度か詩のようなものを小声で口ずさみ、言葉を変えながら、だんだんとその言葉が伸びていく。
もう、文面の構成に入るのは、フライングが過ぎるんじゃないでしょうか。
華琳「まさか、恋文の一つさえ、もらえないなんて…そこまで侘しい男だったなんてね」
華琳「しょうがないわね、至高の文というものを見せてあげないと」
言ってる傍から、華琳の脳内でもだんだんと文章が組み立てられているみたいで…。
魏と呉の王からの手紙…かあ。
きちんと保管したら、そのうち偉人が書いた手紙として後の世で読まれたりするのかな。
鈴々「鈴々も書くのだーっ!」
紫苑「あら、愛を囁く勝負なら、私も負けないわよ」
愛紗「わ、私も…ご主人様の…その、一番の家臣として…」
星「主ぃ、私が一番最初に約束したのですからね」
一刀「…分かってるよ」
軍議なんてどこ吹く風で、誰もが言葉を呟き、頭の中で手紙を完成させているみたいだ。
結局、その日はうやむやなうちに月が運んできてくれたお茶で、お茶会になった。
【その夜】
翠「あーもー、なんて書きゃいいんだよ」
鈴々「へへーん、鈴々はもう書けたもんねー」
翠「な、見せろよっ!!」
鈴々「いやなのだっ!! これは、鈴々のお兄ちゃんへの気持ちなのだ」
翠「見せたぐらいで減ることないだろ? 見せろって」
鈴々「いやなのだーーっ!! 決闘したって見せないのだっ!!」
翠「なにーっ!!」
星「昼間は静かだと思えば…夜更けだというのに叫ぶな、騒々しい」
星「だから、わたしが手解きしてやるというのに…それともなにか? わたしでは不満だとでもいうのか?」
翠「星に手解きされたら、星には勝てないじゃないか」
星「ふふっ、可愛いことを言うではないか」
星「なら、その女らしさや負けん気を、そのまま言葉にすればよいではないか」
星「我が軍は、人に教えを請うことを嫌う負けず嫌いで揃っておるな」
朱里「な、なんでしょうか?」
愛紗「な、なぜ私まで見るんだ? 星」
星「朱里の蔵書や愛紗の指にあった無数の傷など、周知の事実よ」
星「今更、床の上での話や手料理を恥じることもあるまい」
紫苑「そうね、独学でも勉強熱心なのはとてもいいことだわ」
愛紗「二人とも、からかっているのか!?」
紫苑「どっちかっていうと、女としての宣戦布告よね」
星「さすがは紫苑殿、よく分かっている」
星「ご主人様を独占するつもりもないが…誰かに譲る気は微塵もないし、なにより敗北は好かんのでな」
朱里「誰がご主人様を射止めるのか…っていうことですね」
翠「あ、あたしは、関係ないからなっ!!」
星「強がりで引いてくれるならそれもまたよし、無駄な手間が省けるというもの」
翠「ふんっ!!」
強がって部屋を出て行く翠の手には、硯と筆と紙…皆、笑いながらその様子を眺めていた。
一刀が目に見えるほどに確実に成長していく中で、女たちも自分の魅力を高めるために、互いを磨き上げている。
言葉を重ね、想いを高めて自分を大きくしていくことこそが、成長であると信じて。
次の日には、時と場合を選ばず、恥じらいながら手紙を持って一刀に駆け寄るものが続出。
結果として政務に大幅な遅れが生じ、嫉妬を纏った愛紗の雷が落ちた。
新しい法を決めるように朱里が事態を制定し、主に手紙を出していいのは10日に一度と決められた。
玉座の裏に用意された一刀箱なる箱にて収集、公正で心優しい月が一刀への配達に選ばれた。
数々の書簡とともに恋文も政務に加わり、返事の時間も合わせて机との親密度が上がったそうな。
中身はさまざまで、一枚の紙に大きな文字で描かれたものから、数十枚に及ぶ大長編もあり…。
夜を徹して読み耽ることも珍しくなく、文字通り、甘い言葉と溢れる思いの心地よさに溺れる日々となったのである。
嬉しい悲鳴とは、まさにこのこと。
教訓
口は災いの元
苦労は買ってでもしろ
|蛇足|
そして、冒頭で星にさえ見せなかった、一刀の書簡をしまった箱の中に記された言葉。
『これは、手紙であり、日記であり、恋文である』
日々を歴史として綴った北郷一刀の生きた証、思い出の品。
一人一人との出会い、過ごした日々が言葉に詰められている。
名前を記し、紙を重ね、過去をそこに連ねていく。
突然に呼び出されたこの世界、いつ自分の思いが打ち砕かれ、この地を離れることを余儀なくされようと
みんなへの想いだけは、伝えることができるようにと書き続けている、この手紙。
『願わくば、この中の手紙に名を刻んだ皆と共に、これを笑顔で見られることを…
全ての世界が太平となり、心を痛める問題が完全に解決した後であることを切に願う』
皆との思い出の脇に添えられた、宛名のない手紙が一つ。
過去の横に添えられたのは、平和になった暁の未来を描いた、北郷一刀の桃源郷とも呼ぶべき夢物語。
笑顔の絶えぬ幸せな日常に思いを馳せ、それを実現させるために今日も彼らは戦い続ける。
【後書き】
読了ありがとうございました。
少しでも、ほのぼのな空気をお楽しみいただければ、幸いです。
キャラ個性もそうですが、恋姫はキャラ同士のかけあいが絶品なので
そのあたりを少しでも表現できていると嬉しいです
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